5月5日、こどもの日。GWも終わりに近づいたこの日に、仕事以外のことをするのは5年ぶりである。テレビのニュースでは、今年も相変わらず「海外旅行客の帰国ラッシュが始まりました」と…◆たしかに、世間一般の人たち[もちろん、これを読んでいる人のことではない]にとって、こんな時でもなければ長〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜い[←ちょっと皮肉]休みなど取れないのだろうが、何も一度にこんなたくさんの人が行くこともなかろう。どこへ行っても日本人だらけでは、行く意味があるのか?◆でも、どこへ行っても同じ客のSKiは、違う。横浜で いきなり智子ちゃんが消えてしまったり、こまば(5/5)で みんな幼稚園児に変身[そのまんまの子も、いたらしい(笑)]したり、大宮では …。海外ほどではないが、何が起こるかわからない◆今年も相変わらず、同じことをしている事務所がある。『子供じゃないの』と言ってみたけど、何が彼女をそうさせたのか?◆また「○○ちゃんが辞めました」と、便りが着いた。海外ほどではないが、“事件”はもうコリゴリだ。『誰もがきっと』そう願っているはず。なのに、『大人はわかってくれない』…。[しろくま☆しゃしょう]
諸事情で、現在の川崎から地方へ引っ越すことになった。当然今までより、聖地・こまばへの巡礼回数は減ってしまう。「後悔しないように」がモットーのあたしは、GWの4日間で結局9公演も行くことに…。グッズ・宴会費etc..5万の予算は見事に吹っ飛んだ◆引っ越しの関係で、荷物の整理をやっていると、出てくる出てくるビデオの山。ラベルを見て、サポート範囲の広さに呆れてしまうものの、かといってSKi一筋に絞ったところで、コミティビデオの山が築かれるのが目に見えそうで…。苦悩の日々◆さらに3期生をメインに推しているため、しばらくSKi貧乏からは逃れられそうもない。やらせか?実力か?>踊る17才。非常に気になってます(笑)◆SKiを知ってから、まだ10ヶ月くらい。まだまだ、素人のつもりで見に行っていたんだけど、気がつくと原稿書いてるし。ところで、いつから論説委員になったんですか?(笑)<編集長[まる井]
なんとも大変なゴールデンウイークであった。初日は横浜で智子ちゃんが帰ってしまってどうなることかと心配し、最終日は大宮で千秋ちゃんが辞めるという発表がされた。SKiは、いつどこで何が起こるかわからない。それは十分わかっていても、突然の出来事に我々はとまどい(c)を隠すことなどできない。
これが発行される日比谷が「最後のステージになる」と、千秋ちゃんは言った。果たして最後に何ができるのか? 急遽出すことを決め、原稿を募集してできたのが増刊号である。しかし、SKi単独のコンサートではないこともあるのか、出演は無理らしい。むなしさが残る。
これから活動していくメンバーのために、そして去ることになってしまった千秋ちゃんのためにも、『こちら新宿3丁目』は、何かを発信していかねばならない。[夢野 雫]
5月6日大宮夜の部、制服宣言ツァーの“千秋楽”が終わる。千秋が泣いている。美緒子が泣いている。我が 愛しのゆっきも泣いている。気付いたら大半のメンバーが泣いている。初めての本格的なツァーを終えた満足感から、嬉し泣きしているのかと勝手に思ってしまった。CoCoも、ツァーの最終公演ではよく泣いていたし…。
しかし、千秋の口から「5月11日が、(私の)最後のステージになります。」という言葉が出て、全然違うことがわかった。そういえば、今回のツァーで千秋は ほんとうによく泣いていたけど、辞めることが決まっていたからだとは全く想像できなかった。
1年ちょっと前に突然脱退させられた、吉田未来のことを思い出した。千秋は、かつて未来のことを“おねえちゃん”と呼んでいたけど、2人のキャラクターはよく似ていた。ステージ上でも思ったことをズバズバ言い、思いきったパフォーマンスもやる。“清く正しく美しく”ない発言や行動も多かったけど、それがSKiにとってスパイスのような役割になって、グループに幅を持たせていたことは否定できないと思う。“卒業式”が終わって、しばらくはメンバーも安定するかと思っていた矢先にいなくなってしまうところも、未来と一緒だ。
千秋には、贈る言葉が見つからない。「ありがとう」とも「さようなら」とも言えない。あまりに突然すぎて、まだ気持ちの整理がつかない。[本間 寛]
F-1界の超新星 J・ビルヌーブがデビュー4戦目で初優勝。それにしても、今年のウイリアムズ・ルノーは はっきり言って強すぎる!!〈それとも、他のチームが弱すぎるのか(苦笑)〉 開幕してから4連勝(D・ヒル3勝,J・ビルヌーブ1勝)。このチームの快進撃、いったいどこまで続くのか!
4月14日、半年ぶりの電話でデートに参加しました。今回のお相手は、篠原智子ちゃんだ。KS3について聞いてみたところ、「もっと、メンバーのことを載せてください。」と言われてしまいました。ありがとう、智子ちゃん。これからも期待に応えて、作っていこうと思います。電話を切る間際、智子ちゃんにおやすみのメッセージを言ってもらいました。「じゃぁ、いい夢を見てください。」すぐに寝て、起きたら朝の5時半だった。
ボウリング大会に当選し、ただいま猛特訓中! でもスコアは、…。先が思いやられる今日このごろ。
IJF3が順延になったおかげで、僕も行けることになった。ということで、この日に『こちら新宿3丁目』vol.6 を出すことに決めました。これ読んでるみんな、原稿頼むよ!。[編集長・Benetton]
(※入稿時期の関係で、内容の統一がとれなくなってしまいましたが、お許しください。)
こちら新宿3丁目 vol.5 初版発行◇1996/ 5/11
編集長◇Benetton(柴野 稔)
レイアウト◇しろくま☆しゃしょう(池町達也)
論説委員◇本間 寛・夢野 雫・まる井
web版発行◇1996/11/16
web版編集◇夢野 雫
表紙写真撮影◇夢野 雫
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