こまばへの道


本当の始まり

 私のアイドル歴は、もう15年(イベントに行き始めてからは10年)になるが、SKiのような“グループもの”は初めてであった。

 SKiの存在そのものは、かなり前から知っていた。その当時は、杉本理恵ちゃんのファンが、SKiに流れたという噂が、まことしやかに伝えられていた。ただ、当時の私は興味がなかった。その頃よく買っていた〈近代映画〉に、2期生の写真か載っていて、その中に気になる女の子がいた。「篠原智子ちゃんか…、うーんなかなかかわいいな。」と思いつつ、その時はそれで終わっていた。
 初めてSKiものを見たのは、94年2月の吉成圭子ちゃんのソロコンサート〔日仏会館〕だった。戸塚に住むファンから、たまたま余ったチケットを譲ってもらったのである。その時は、岩崎 愛ちゃんや宮本里枝子ちゃんがいたのを覚えている程度で終わっている。当時の私は、河田純子ちゃんや前述の杉本理恵ちゃん、三宅亜依ちゃんのイベントのほうが優先されていて、SKi本体のコンサートは見ることがなかった。

 時は流れて、94年の12月。その年の、私が観に行くべきイベントは終わっていた。そんな時「26日に、制服向上委員会のイベントが池袋であるよ!」という話を聞いた。その時、あの〈近代映画〉で見た2期生、特に篠原智子ちゃんの顔を思い出した。「彼女に逢いたいな」という気持ちが湧いてきた。どういう女の子なのか知りたかった…。
 だが、もう年末で仕事が忙しく、しかもその日は飲み会があった。「歌は聞けないけど、とりあえず観に行こう」と思ったのは、イベント前日のことだった。

篠原智子  そして、26日。仕事を終わらせて、サンシャイン・シティの噴水広場へと向かった。ところが、会場に着くと、雰囲気がおかしい。周りの人の話だと、どうやら「松田ゆかりちゃんが泣かされて、握手会が中断されていた」とのことだった。幸いなことに、しばらくして握手会は再開されたが、私はお金が少なく、CDを買うのをためらっていた。でも「ここまで来て、何もしないのでは…。」と思い、アルバム〈愛と勇気と思いやり〉を買って、握手会へ。その時は、ただ「がんばってください」としか言えなかった。田村千秋ちゃんの頃から、ようやく意識し始めていた。初めて見た智子ちゃんは、雑誌で見たとおりの“かわいい女の子”だった。浅野みゆきちゃんは、握手の感触が一番大きかった。 そして、ゆかりちゃんに「大丈夫ですか?」と、声をかけてみる。「大丈夫」というリアクションと、明るい笑顔があった。私は満足して、会場を後にした。

 翌年(95年)から、SKiのコンサート・イベントに行く日々が始まった。しかし、1推しである智子ちゃんは、まだ歌を歌えなかった。当時は、1期生がステージに立つのがほとんどで、2期生が歌うチャンスはあまりなかった。
 寿隊のステージは確かによかったけど、心の中にはまだ、やり切れない思いが残っていたのを覚えている。

 私にとっての、SKiの本当の始まりは、智子ちゃんが『小さな生命』を歌った、8月の大阪のコンサートの時 からである。

[東京都/ホーカー・テンペスト]

[写真:夢野 雫 94/12/26 池袋サンシャイン噴水広場にて]


vol.8目次