こまばへの道

かち、かち、かち…

 JR渋谷駅から、薄暗い通路を抜け、京王井の頭線の渋谷駅へ近づくと、改札口からリズミカルな音が聞こえてくる。
 「かち、かち、かち…」 切符を切るハサミ(パンチ)を、駅員さんが小刻みに動かしている音だ。自動改札が当たり前の、関西の私鉄沿線で生まれ育ち、就職後、JRに頻繁に乗るようになった頃には、パンチからスタンプに代わっていた。

 そんな私にとって、この音は懐かしくも新しい。そういゃ、この音をこの場所で初めて聞いたのは、ちょうど二年前の今頃だっけ…。
 「制服向上委員会のタダ券が余ってるけど、良かったら 要らない?」 堀川早苗 目当てで観に行った、ミュージカル《ピーターパン》。その休憩時間中、近鉄小劇場(大阪)の階段の踊り場で、知り合いから、こう話しかけられた。  普段なら、いくら酔狂な人間の私でも、海の物とも山の物とも判らない 不思議なアイドルのために、サイフの底をはたいて上京する訳がなかったのだが、このときは別だった。
 平成を代表するアイドル・グループであった、CoCoのラスト・ステージを瞳に焼きつけるため、8月21日〔東京ベイNKホール〕まで駆けつける予定だったからである。歌劇《ドン・ジョバンニ》は、それから3日後。「これといって やることもないし、とにかく行ってみるか…。」

 とにかく何もかも、今までに見たことも聞いたこともない出来事の連発であった。住宅街のど真ん中のホールに、メンバー自らのビラ配り、メンバー脱退を知らせる張り紙…。
 しかし、最も驚いたのが、SKiのステージングであった。はっきり言って、ステージの観衆をほとんど気にしないかのように淡々と進む劇は、私には“学芸会”に見えた。「おい、何なんだよ。これは!」 心の奥で叫んでいた。
 だが、その舞台の上には、今やすっかりと夢を無くした アイドルの現場にはなかった、私を引きつける“何か”があった。
 そして、いつしか私は、主役 [ドン・ジョヴァンニ] を演じるメンバーと、その相手であるヒロイン役のメンバーの2人に、目が釘付けとなっていたのである。

 終演後、初めてその2人の名前を知った。
 [青山れい]、そして[吉田未来]…。

 「もう」と言うべきか、「わずか」と言うべきか。あれから2年、青山れいも吉田未来も、すでに〔こまば〕からは いなくなった。「悲しいな、寂しいな…。」そんな感傷にひたりながら、切符にハサミを入れてもらい、各停・吉祥寺ゆきのシートに腰掛ける。
 ほどなく電車は、セミの鳴き声に包まれた、駒場東大前駅に滑り込んだ。蒸し暑い中、住宅街の間の細い道を縫って歩き、〔こまばエミナース〕へと向かう。その時、ふと数週間前の《ワースト・ツァー》での3期生たちの姿を思い浮かべた。

 まるで、どこからか迷い込んできた 一匹の可憐な蝶のように、ステージ上をひらひらと舞い、『Tea time』を歌った [橋本美香]。センター・マイクで、『De'LIGHT』を堂々とした貫禄で歌い上げた [菊地彩子]。硬質な声で、『恋は雪のよう』を歌いきった [斉藤美緒子]。単に「かわいい」とか「かっこいい」という言葉で言い表せない、この凄さ。

 何という感動だろう。何というプレゼンスだろう。
 そうなんだ。彩子が、美緒子が、美香がいるじゃないか。それだけじゃない。裕紀子も、直美も、瑛子も、久子も、みんなみんな あの日と同じように、2年前の8月24日に見せてくれた“何か”を、新しい形で私にぶつけているんだ。
 よし、その“何か”が、〔こまば〕のステージにある限り、歩いて行こう。私の〈こまばへの道〉は、SKiが“何か”を持ち続ける限り、どこまでもどこまでも、果てしなく続いていくのである。

 〔こまばエミナース〕が見えてきた。
 こいつを読んでいる人たちも、各々が感じている“何か”が、少しづつ違っているとはいえ、同じ道を一緒に歩いてくれるのならば、こんなに心強いことはないと思っている。

[大阪府/Be-Wave]


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