恋をしようよ


正義の味方=寿隊=

 私は、これまでこのコーナーにいろんなメンバーのことを書いてきた。宮本里枝子,奥山みか,吉田未来…。「こんなにたくさん好きなメンバーがいるなんて、お前は※1DDだろ!」と言われそうだが、他に印象が強かったメンバーといえば、望月菜々と田村千秋あたりだろうか。
 ただし、今回は少し趣向を変えて、この2人を中心にしてできた“SKi史上最強のユニット・寿隊”について書いてみたいと思う。

 寿隊の初登場は、94年1月。東京・神田の日仏会館で行われた、第1回の《卒業式・入会式》の時だった。この時、藍田真潮,前田厚子の2人が涙の卒業をして、会場全体がとても重苦しい雰囲気になっていた。卒業式が終わった後、6人{浅野みゆき,篠原智子,清水えりか,鈴木涼子,田村千秋,水野亜美}の新入生が紹介された。
 続いて、菜々の新ユニットが登場した。実は、彼女が寿隊の隊長になる前に、[ミッシェル]のリーダーになるという話があった。ミッシェルは当初「菜々ちゃんのバンド」という触れ込みだったのだ。ところが、どんな理由があったが知らないけどこの話はボツになり、代わりにできたユニットが寿隊だったというわけだ。
 菜々隊長が登場して「♪ つーるとかーめがすーべった」と始まったので、会場はどよめきが起こった。「後ろの正面だぁれ、誰かな? 愛ちゃんだ! 久美ちゃんだ!」というところで会場は大ウケ。SKiの数あるステージの中でもあれほどウケたことはそうはあるまい。

 メンバーは菜々隊長のほか岩崎愛,滝本久美がサポートに入り、新入生の6人もバックにいる。もっとも、サポート役はステージの度にいろんなメンバーが務めたし、バックダンサーは新入生の登竜門ということで、ほとんどのメンバーは寿隊を体験することになった。ただし、一部の3期生は寿隊を経験していないし、4期生は[静寂向上委員会]のメンバーになってしまったので、最近では「新入生は、まず寿隊へ…」という図式は崩れつつあるようだ。
 デビュー曲は『世にも不思議な鶴と亀との物語 鶴・亀・寿』という長ったらしいタイトルで、それからも分かるように「おめでたいグループ」という触れ込みで始まったが、やがてそれが「環境問題」を歌うグループへと発展していく。『クジラは海の王様』とか、『賛成?反対?賛成Uhoo!』とかがそれだけど、環境問題と言いながらも、それを正面から捉えるのではなく、うまくオブラートでくるんでいるので、変にメッセージソングにはなっていないところがよかった。菜々隊長のキャラクターが、またそういうところにピッタリだったことは言うまでもない。
 その後、5月に《SKi+寿隊》のコンサートがあったり、10月に4人1組,ミッシェルと組んで《新御三家コンサート》があったりと次第に出番が増え、翌95年3月には単独でデビューコンサートを行った。この時は桃太郎姿の菜々隊長に、村娘役の他のメンバーといういでたちで、今とは随分イメージが違った。このコンサートで初めて歌われた『正義の味方!寿隊』は、その後寿隊のテーマ曲にもなった。その少し前には寿隊の伊豆・温泉ツァーもあったのだが、2月の吉田未来脱退のショックから立ち直れない私は参加を見送ってしまった。後で聞いたらとても楽しいツァーだったそうで、参加しなかったことを後悔したが、後の祭りだった。

 ところで、それまでの寿隊は、菜々隊長+他メンバーという感じだったけど、このころから田村千秋の存在が次第に大きくなり、やがて「中隊長」という肩書がつくようになった。千秋の歌は、『たった一度のSOS! 〜ペンギン物語』『I,してる』『あまえるな』のようなアップテンポの曲が多くて、ほのぼのとした感じの菜々の歌とは違った魅力があった。こうして寿隊は、2人の看板ヴォーカルを持つことになったわけで、その魅力も倍増した。
 95年7月8日の《“寿”十八番勝負》と翌9日の《シロクマ物語》コンサートは、寿隊のクライマックスとも言えるコンサートだった。この時に、現在まで続く新選組の衣装で初めて登場し、それが定着することになった。個人的には村娘の方がよかったので少し残念な気もしたけど、コンサートの内容は両日とも最高だった。あの衝撃的なデビューから1年半、少しずつコンセプトを整えてきた寿隊の集大成となるコンサートだった。
 8日の《“寿”十八番勝負》は、同タイトルのデビュー・アルバムのお披露目公演といった感じで、寿隊のナンバーをガンガン飛ばすノリのいいコンサート。時間は2時間足らずだったが、内容が充実していたので、とても満足がいくものだった。
 翌日の《シロクマ物語》は、メンバーがシロクマの着ぐるみを着て登場。会場を大いにわかせた。目の前で展開されていくメルヘンの世界、その中にさりげなく隠されている環境問題に関するメッセージがスパイスの役割を果たしている。今まで、こんなアイドルはいただろうか。この2日間のコンサートは、寿隊最高のコンサートだっただけでなく、SKiの全公演の中でも5本の指に入るほど素晴らしいものだった。

 しかし、このコンサートで行き着くところまで行ってしまったという感があったことも否めない。実際、菜々隊長の寿隊は、これが最後の単独コンサートになったわけで、その後大きな展開もないまま翌年の2月、菜々はSKiを卒業する。
 渋谷公会堂で行われた《カウントダウン100&卒業式》の最後で、彼女は定番曲だった『青春ラプソディ』で会場を沸かせてSKiを去って行った。いかにも彼女らしい去り方だったと思う。
 菜々の卒業後は千秋が隊長になったが、ほとんどステージらしいステージをこなさないまま、96年5月彼女は突然脱退し、寿隊は菊地彩子隊長を中心とする三期生へと受け継がれていくことになった。
 私にとって、SKiで一番好きなユニットは寿隊だったといえる。グループ内ユニットという、おニャン子クラブ以来の伝統の中で、その面白さをこれほど堪能させてくれたものは他にない。それはまた、望月菜々・田村千秋という2つの強烈な個性のぶつかり合いと調和によって生み出されたものだったと言えるのではないか。
 私は、今でも7月を迎えるたびにあの素晴らしかったコンサートを思い出す。そして、もう一度あのような興奮と熱狂を味わいたいと思いながら、SKi詣でを続けている…。

※1 DD =「誰でも大好き」の略。いろんなメンバーに気が行くファンのこと。

[論説委員■本間 寛]


97年9月号目次