last update:98/08/18
知恵之輪士のSKiを読む!


 【第13回】 「個性」について
 SKiメンバーの自己紹介を聞いていると、好きな科目は「英語」と答える人がけっこう多い。全国的に見ても、女子は理数系よりも語学系の教科を好む傾向にあるそうなので、「英語がスキッ!」と答えるメンバーが多いのも、さして不思議なことではないでしょう。
 テストの結果を見ると、男女間で得点差の出る科目がいくつかあって、数学では四則演算は女子の方が正解率が高く、応用問題になると男子の方が正解率が高い。図形では、女子は平面図形の識別に優れているのに対して、男子は立体図形や空間認識に優れている。
 日常生活のなかでは、外出してどこかへ向かう時、女性は「3つ目の信号を左に曲がり、坂を登ったところにある青い屋根の家」というように、何か目印になるものをたどっていくのに対して、男性は「南東の方」とか「向かって左」のように、方位や方角によって目的地を目指そうとします。比較的近いところを歩き回るには目印を覚えたほうが確実ですが、遠い所や初めて行く場所、あるいは道に迷った場合は、方角で目的地を目指す方法が有効です。
 一説では、原始時代に男は狩りに出て遠くへ行くのに対し、女性は子供を守って家にいることの多かったころの名残ではないかとも言われています。

 英語のヒアリング(聞き取り)も男女差の多い科目の一つで、平均的に女性の方が成績が良いとされています。なぜ、女性の方が得意なのか?というのは、まだ研究中なのではっきりとは分からないのですが、男性と女性とでは“脳の造りが少し違っている”のが影響しているのではないかという仮説もあります。
 一般に、言語中枢(ちゅうすう)と呼ばれる部分には、左脳下前頭回後部にある〔ブローカー領域〕と、右脳上前頭回後部にある〔ウェルニケ領域〕の2ヶ所。つまり、言葉を話す時に働いている場所は、右と左に分かれて存在しているのです。
 脳は左右でその機能が全く違うのですが、女性はこの左右の脳をつないでいる脳梁(のうりょう)という部分が男性よりも太い。つまり、(左右をつないでいる)パイプが太いということは、左右の言語中枢の間で情報の交換がスムーズに行なわれるということなので、結果として「女性の方が語学に適しているのではないか?」という仮定もあります。詳しくは、今後の専門家の研究に期待するとしましょう。

 もう一つ、英語好きなメンバーが多い理由を考えるとすれば、先程「言語中枢は左右の脳に分かれていて、それぞれ別の機能を担っている」と説明しましたね。左脳ブローカー領域は一般に〔論理的言語中枢〕とも呼ばれ、正しい単語を選び、文法に沿って意味の通る文章を書く、あるいは話す機能を持っています。ここが壊れると、言い間違いが多くなる・どもる・助詞や助動詞を省略するなどの障害が現れ、ひどい場合には「あぁ」とか「うぅ」とか意味不明の言葉しか発せなくなる。
 対して、右脳にあるウェルニケ領域は〔詩的言語中枢〕とも呼ばれ、詩や歌を聞いている時に活発に働いています。ここは言葉の理解力に関わる部分で、これが破壊されると相手の話したことが分からなかったり、オウム返しに同じことを何度も何度も言い続けたりすることもあります。
 具体的に言えば、学会や学校に提出する論文を書く時に使うのが論理的左脳、詩や俳句・ラブレターを書くのが右脳というところでしょうか。言語は脳の機能的側面から、きっぱりと2つに区別することができるのです。

 では、SKiのメンバーが好きだと言っている英語は、論理的言語・詩的言語のどちらなのだろうか?
菊地彩子
 卒業生の菊地彩子さん=写真=も、その一人。彼女はコンサートのMCで「学校の(英語の)成績が良いわけではなかったけれど、英語は好きだ」と話しています。また「短大に進学したら、英会話のできる人になりたい」とも書いており(P会報のコメントより)、通訳になることも考えたそうです。かねてからの「女優になりたい」という想いを捨てたわけではないけれど、「今は、英語が話せる人になりたい」から、SKiを卒業してまで短大へと入ったのです。
 ここで注目すべき点は、“英会話”という表現を使っていることです。つまり、菊地さんが学びたいとしているのは会話としての英語であり、言語学的に動詞の活用形を研究しようとか、ラテン語から現代英語までの変化を調べようというのではない。私の聞いている範囲では、菊地さんのいう英語は左脳の論理的言語よりも、右脳の詩的言語としてのニュアンスが強いように感じられます。
 また、「仕事に必要だから」とか「(英語も)資格の一つ」と見る考え方もあります。しかし彼女は、「通訳になることも考えた」という言葉からも分かるように、通訳になるために英語を学ぶのではなくて、「英語を生かせる職業」として通訳を考えています。資格として役に立つからではなく、英語が好きだからというのが本当の理由でしょう。
 私の知り合いには、英語の本を読むのが好きで英字新聞を講読している人がいますが、菊地さんは「英会話」と言っているように、本や新聞から一方的に情報を集めるのではなくて、“相手とのやり取り・コミュニケーションとしての英語”を学びたいのだということが分かります。

 こうしてみると、“菊地彩子さんの好きな英語”の形が、かなりハッキリと見えてきました。ポイントとなっているのは「英会話」という表現で、更に深読みすれば「話す」「自分の考えを言葉にする」というのが、きわめて重要であるという考えが見えてきます。
 女優になりたいという夢と、英語を話せる人になりたいという目標とを比較し、どちらも自分にとって大切なものだと結論付けていること。それは、この二つの夢は、より根源的な一つの夢から生まれてきた兄弟(女性だから姉妹か?)のようなものだということです。
 女優とコミュニケーションとしての英語…、どちらも“自己表現”としての一面を持っている。彼女は外の世界に対して、積極的に関わり合いを持とうとしているわけです。
 恐らく菊地彩子という人間は、宝物をコレクションして、それを眺めていれば幸せという人間ではないのでしょう。卒業コメントで「世界にはばたく」と言っているように、彼女の目は常に“外の世界”へと向けられているのです。

 これまで菊地彩子さんを例に話を進めてきましたが、他のメンバーに対しても同じことがいえるかもしれません。オーディションを受け、レッスンを重ねてステージに立つメンバーだから、コミュニケーションあるいは自己表現の手段として英語に興味を覚えるのでは?と、私はそんな風に分析します。
 このようなものの見方は、心理カウンセリングで用いられている方法です。例えば、ある※1クライアントが「会社を定年退職してから、生きる張り合いがなくなってしまった…」と相談してきたのならば、ではあなたは会社に対して何を求めていたのかを?ということを掘り下げて考えてゆき、それを言葉で表現できる形で取り出してやります。後はカウンセラーが指示を与えなくても、自分でやりたいことを見付けて日々の生活に戻っていきます。これが、非指示的カウンセリングとも呼ばれる〔クライアント中心療法〕です。
 心理学では、「ロビンソン・クルーソーに個性はない」などといいます。無人島に流れ着き一人で暮らす男に、「個性」という言葉は一体何の意味があるのでしょうか?
 個性というものは、多くの人間の集まるところで意味を持つ言葉です。「私はあなたよりも背が高い」「我が社は業界で売り上げトップだ」などなど…。これらは、インドで「マーヤ」と呼ばれるものです。大きさ,色,形,数量,順位,因果のあるもの,相対的なもの,相互関連にあるもの…。それらはすべて、マーヤ。人の心を惑わせて、本質を覆い隠してしまう“幻”に他なりません。
 “個性”と“自分らしさ”は、全く別のものです。「私は英語が得意だ」とすれば、それはそれで個性と呼べるでしょう。しかし、英語はその人らしさではないし、自分以外のものに自分らしさが存在することもありません。

 今回は、「英語好きなメンバーが、なぜ多いか?」をテーマにお送りしてきました。単に、英語が好きか数学が好きかということを知りたいのではありません。本当に知りたいのは、それがメンバー自身の目にどう映るのか?ということです。

マニアックな群馬県民…。[知恵之輪士]

[カメラ:論説委員■ゆめのしずく]

※1【クライアント(client)】
 「依頼人」「顧客」を指す言葉だが、広告業界では「広告主(宣伝を依頼した企業)」の意味で使われる。


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