last update:1999/04/22
◇好評連載◇
【第15回】愛のある場所
以前某ニュース番組が、十才ですでに大学を卒業してしまったという、アメリカの天才少年のニュースを放送していた。
その少年は、父親名義で会社を作り、自分で運営しているのだそうである。
そのインタビューは、少年の家で行われたのだが、インタビュアーは家の中をぐるっと見回し、本棚で目を止めた。
「“この本棚にある本はすべて読んだ”と言っていたけど、この本も読んだのかい」と、指さした本のタイトルは『ロミオとジュリエット』であった。
「うん、読んだよ。でもあまり面白い本じゃなかった。愛とか恋とか、そういうのって僕にはよく分からないんだ」。と答えた。
インタビュアーは、この弱冠十才の天才少年の答えに、ただ「ハハハ…」と笑っていた。
私が面白いと感じたのは、そのリアクションでただ微笑して、次の話題に移っていったことだ。
大人ぶって「愛とはこういうものだ」なんて語り出したりせずに、何も言わずに優しく微笑む紳士的な態度には好感を覚えた。それは、十才の少年ならば知らなくても良いことだし、いずれ分かるようになることなのだから。
私もそれが分かるようになったのは最近のことで、中高生の頃は、あだち充(※)の描くようなマンガは、読んでも全く面白くないと思わなかったし、むしろ嫌いだった。
それがこの頃はどうにもああいったラブコメが面白くてたまらなくなってしまい、『ときめきメモリアル』や『センチメンタルグラフティー』を大喜びでプレーするようになってしまったのだから、人間、変われば変わるものである。
そんな訳で、SKiに出会うまではアイドルの世界というのも、ある種の理解しがたい世界であったのだが、不思議なことにSKiはそうした違和感はなく、むしろなつかしい感じがした。
私が初めてSKiを見たのは、CDのキャンペーンにたまたま出くわしたもので偶然なものであったが、その時にメンバーの中にいた松田ゆかりを見て、静かな衝撃を受けた。
初めて逢った人なのに、なにか昔から知っているような、そんな不思議な感覚に包まれた。
そんな松田ゆかりの存在は、私には不思議でしょうがなくて、再び松田ゆかりに会いにSKiのイベントへ足を運んだ。
そしてステージの上でライトを浴びて輝く松田ゆかりを見て、「そうか、これがシェークスピアが『ロミオとジュリエット』で描こうとしたものだな」と、直感した。
それは古い記憶。私が私になる以前からの記憶。それは幾千もの歳月、幾万もの昼と夜が巡る間、幾億もの人々が見てきたもの。「今、自分はそれと同じものを見ているのだ」と、そう感じた。
それは私が初めて経験することだけれども、人間の歴史の中で銀河の星の数ほども繰り返されてきたことだと。
「今自分は、自分より先に来た者たちと同じものを見ているのだ」と、そう実感した。
|
撮影/ブルーウェイブ
|
それから何日か、あの日見たものは何だったのかと考えたが、何か月たっても答えは
分からなかったので、もう一度松田ゆかりを見に行こうと思った。
「目には見えないあやふやな物に悩んでいるより、目に見える松田ゆかりを追いかける
方が早い」と考えた訳だ。
そして現実に松田ゆかりは、私のもとへ生命の輝きを運んでくれた。
愛はどこからやってきたのだろうか?
松田ゆかりが運んできたとは言えるかも知れない。それは確かに正しい答えだと思う。
しかし私には、どうも始めから知っていたことのように思えてならない。初めて松田ゆかりに逢った時に受けた静かな衝撃は、全く未知のものに出会った衝撃ではなくて、私の中に眠っていた何かが動き出す衝撃だったのだと思っている。
愛はどこかからやってきたのではなく、始めからそこにあったのだ。
古代ギリシャでは、万物を形造っている元素は“愛”だと考えられた時代があった。
現代の我々は、男と女の間に愛が生まれると考えるが、古代のギリシャ人たちは愛からすべてが生まれると考えていた。
愛はどこかにあるのではなくて、人間も動物も、木や花や石ころさえも、世界全体が愛で造られていると信じていた。
あだち充のマンガでは、主人公は同じ名前の二人の女の子に恋をしてしまう。別の作品では、主人公は双子の兄弟で、二人とも幼なじみの女の子に恋をしてしまう。
こうしたキャラクターたちは、それぞれ対比的に異なる性格づけがされているが、その根底には同じ想いが貫かれている。
登場人物が同じ名であったり、双子であったりするのは、表面的には違っていても、その本質が同じであることの暗喩に他ならない。片目では距離感がつかめないけれど、両目ならば近くにある物と遠くにある物が分かる。それと同じように、同じ名の二人への想い。双子の幼なじみへの想い、それが重なるところにより奥深い想いが見えるように計算された絶妙な配役がされている。
三年前に卒業した望月菜々はそれが見えていた。彼女がP会報に載せたコメント−
家族愛とも恋愛とも違う新しい愛を私は知ることが出来ました。
このなかなか見つける事の出来ない愛に、私は「さよなら」は言いたくありません。
この一文を読んだときに、この人は類希なる賢女だと思った。
その時に望月菜々に送った言葉を、この度卒業するメンバーと、そのファンへ送りたいと思う。
永遠に終わりはない。永遠に始まりもない。
だから永遠は死んだ後に来るのではなく、生まれる前に終わってしまったのでもない。
もし永遠があるとしたら。
今、この瞬間が永遠なのだ。
[群馬県/知恵之輪士]
(※) あだち充=漫画家。代表作は『みゆき』『タッチ』『H2』など。
[ KS3トップページ|99年春号目次 ]
Copyright (c) 1999 Kochira Shinjuku 3-chome