last update:2000/06/08  

   
  Graduation 2000 伊藤 嘉代子 
  Kayoko Itoh 


< DEAR… >

伊藤嘉代子
撮影/ブルーウェイブ 

 伊藤嘉代子様
 卒業おめでとうございます。
 とうとう来てしまいましたね・・。

 かよちゃんにとって、SKiとはどのような場所だったでしょうか?
 楽しかった思い出、自慢できる思い出になってくれると嬉しいです。
 かよちゃんは、僕にとってかけがえのない人でした。
 かよちゃんの姿を見ると、嫌なことを忘れるほどでした。
 けれども慣れとは恐ろしいもので、いつしかそれが当然のようになっていました。

 10月公演より大学受験のために、かよちゃんは欠席となってからとても寂しくなり、「やっぱり、かよちゃんが好きなんだな」と思い知らされました。

 欠席と分かっていても、コンサートやイベントに出てくれないかと期待していましたが、叶わないどころか、1月の「ごあいさつ」では病欠。振替公演は仕事…。
 このまま卒業式まで逢えないのかと思っていましたが、「ボーリング大会」に参加していた時には嬉しくて、私自身ずっと笑顔だったと思います。

 正式に卒業が発表された時
 覚悟はしていたのに、とてもつらかった…。
 卒業式・お別れ会と、きっと私は泣いてしまうでしょう。
 かよちゃん自身が決めた道を応援、そして祝福していきたい。
 そして、かよちゃんに出会えたことを自慢できる思い出にしようと思います。

 最後に伊藤嘉代子様。
 今までお疲れ様でした。
 そしてこれからもがんばれ!
 そしてありがとう。
【東京都/新聞屋】 



< SKiの名脇役 〜伊藤嘉代子〜 >

 伊藤嘉代子ちゃんがSKiに入ってきたのは、97年冬のことだった。
 この時同時に大量の四期生が入ってきたけど、残ったのはかこちゃんと朋美ちゃんだけで、少し遅れて祐子ちゃんが入ってきた。
 私は、最初からかこちゃんが気になっていた。「かよこ」という名前は私のイトコと同じだし(字は違うが)、なんとなく本田博子ちゃんと似た雰囲気があったせいもある。
 かこちゃんは、決して派手さはないけれど何か不思議な存在感を発揮していた。ユニットではメインにこそならなかったが、ハデハデの『WORST』、正当派高校生ユニットの『SKi-T』、ちょっと大人っぽい『SKi-A』など、タイプの違うユニットのどれにも見事に溶け込んでいた。
伊藤嘉代子
撮影/ゆめのしずく  

 つまり、かこちゃんはSKiにおける「名脇役」だったのではないかと思う。
 ステージには主役が必要だけど、きちんとした脇役がいないと主役も生きない。つまり、脇役あっての主役な訳で、彼女のSKiに対する貢献度はリーダーに匹敵するものだと思う。
 とは言っても、一度でいいからユニットをメインでやってほしかった気もする。例えば、祐子ちゃんと一緒に『静寂向上委員会』なんかをやってほしかったんだけど、今となってはかなわぬ夢となってしまった。
 かこちゃんがSKiにいた期間は、高校の三年間とほぼ重なっている。この間、彼女には二つの学校生活があったようなものだろう。
 でも、高校は誰でも行くけど、SKiのような活動は誰にでも出来るものではない。それだけ彼女は、普通の女の子より貴重な経験をしたわけだ。
 だから、かこちゃんもSKiにいた三年間のことを決して忘れないでほしい。
 私たちもかこちゃんのことを、いつまでも忘れないから。

【編集委員■本間寛】 




< かこちゃんの魅力に初めて気付いた日 >

 伊藤嘉代子は、普通の子だった。
 本当に普通のちょっとおとなしくて、そしてお洒落なヨコハマの女子高生であった。
 私はその普通さ故に、最初の頃はステージ上における彼女の姿勢を高く評価していなかった。
 「伊藤嘉代子は果たしてSKiでやっていけるのか」このことについて、伊藤嘉代子を推しているホーカー・テンペスト氏と電話で長時間やりあったこともあった。

 そんな私が初めて嘉代子ちゃんの魅力を発見したのは、98年8月の「真夏の祭典」コンサートであった。
 この日の伊藤嘉代子は、これまでとは全くちがう格段の成長を遂げていた。
 一手一足の動き、それこそ指先にまで神経を集中させているかのようなピシッとした振り付け。
 MCでは、「海には“ひとくい”がいるからイヤ」なる、SKiステージ史上に残る迷言(?)で、一気に伊藤嘉代子のキャラを観客に印象づけた。
 何と言っても、この日の彼女の表情は最高であった。これまでのような見えない何かに束縛されていたかのようなカタさが消えており、まるで「ステージを楽しんでいる」かのように私には感じられた。
 同じように感じたのは私だけではなかった。あるファンさんが後日、この日の彼女をこう評した。
 「かこちゃんはこの夏、何かを吹っ切ったようだ」。
 まさにその通り。私にとって伊藤嘉代子はこの瞬間、名実共に「制服向上委員会」のメンバーとなったのだ。
 本来の持ち味であった「お嬢さんっぽさ」に加えて、見せる者としての資質を備えた[伊藤嘉代子の魅力]が、ここに完成したのである。
 これを契機に、彼女の人気は急速に上っていった。
 秋に行われた「バースディ・パ−ティ」で、橋本美香のようなトップクラスの人気を誇るメンバーと遜色ない70名を超える参加者が集まったことが、何よりもそれを証明していた。

 そんなかこちゃんも、この春でステージを去ることになる。
 かつて「(高校での)三年間、SKIで頑張ります」と私たちに言った彼女は、その言葉通りに最後まで頑張ってくれた。
 かこちゃん、ありがとう。
 これからも「ほわーっとした、お嬢さんちっくな」かこちゃんらしさを失わずに、いい女になってくださいね。
 あ、それから、きっとかこちゃんなら、キミにお似合いのすごーくいい男の子がすぐに見つかると思うから、もし彼氏が出来たのならば、逆玉イベントでぜひ私たちに報告してください(爆)。

追伸
 かこちゃん。卒業までにこれだけは、どうかこれだけは私たちに教えてください。
 「ひとくい」って、一体なんだったのですか?
【編集長■ブルーウェイブ】 



< なぜ好きになったのだろう? >

伊藤嘉代子
撮影/ゆめのしずく 

 「3年間がんばります」

 かこちゃんがデビューした頃のコンサートでこう言っていたのをよく覚えている。
 卒業が決まったと知らされたときは「ああこの日が来たんだな」と感じていた。その時からかこちゃんが辞めるときのことをずっと考えていた。

 しかし予想していなかったことがあった。それはかこちゃんを好きになったことだった。たしかに「花の撮影会」の時に初めてかこちゃんを見たとき「なかなかかわいい子だな」とは思ったけど、その後に橋本美香ちゃんに次ぐ好きなメンバーになることはその時考えもしなかった。

 なぜかこちゃんが好きになったのだろう?
 実は今でもわからない。「これよかった」と言えるような、他のメンバーと比べてずば抜けたところはなかった。休むことが多くて地方遠征もベトナムツアーもつれてってもらえなかった。歌だって踊りだって決してうまい方じゃなかったのかもしれない。でも好きになるのにそれは関係ないことだった。
 みんなを笑わせることも多いくらい明るい子だった。
 でもかこちゃんがいるとなぜかホッとできる。そばにいてくれたらいいな、しゃべれなくてもいいから。そんな気にさせてくれるのが伊藤嘉代子という女の子だったと思う。
 できることなら学生時代に逢いたかったなって思う。そうしたら自分の人生もずいぶん変わっただろうね。

 かこちゃんとの思い出というのはなにしろたくさんありすぎるんだけど、1つだけ書くと97年11月ツアーの時だったと思う。
 夕ご飯の時に私かかこちゃんにお茶をついでもらおうと思ったら、お茶がなくなって戻っていった。「もうだめだな」とあきらめてた。ところがわざわざ私のところまで持ってきてついでくれた。何気ないことだったけど、あの時のかこちゃんの笑顔というか表情をいまでも思い出すことがある。なぜだかはわからないんだけど言葉に表せないうれしさがあったなぁ。

 かこちゃん、この3年間はどうでしたか?心残りはないですか?これからがほんとうに大変だと思いますが、この3年間かこちゃんなりに頑張ってきたことを励みにしてやっていければ、きっと道が開かれると思いますよ。
 あとかこちゃんのこと忘れることなんかできませんよ。今は卒業生イベントもあるし、もしかしたら某先輩のようにソロライブもやらせてもらえるかもしれません(笑)。イベントに出る時には行くと思いますから。
ガス燈  いつか逢えると思っているのでさよならは言いません。

 かこちゃん、ほんとにありがと。

【編集委員■ホーカー・テンペスト】 


 伊藤嘉代子ちゃんへのメッセージ


 かこちゃん、SKiでの3年2ヶ月本当にお疲れ様。
 これまでコンサートなどでファンさんを楽しませてくれたかこちゃんですが、私が初めてステージでかこちゃんを見たときの印象は、地味な娘かなあと思ったのです。
 でも、以外と面白いキャラクターを持った女の子だったのですね。
 これからも、自分が目標としている道に向かって頑張ってください。

【愛知県/杉浦嘉信】


伊藤嘉代子
撮影/竹ちゃん 

 かこちゃんとは、ぼくが初めてSKiのステージを見たときに出会いました。
 あれから早や三年。二人で頑張りましたね。
 ぼくは客席で、かこちゃんはステージで。
 花やしきのかこちゃんとの握手の時から、ぼく自身大きく変わったように思います。
 何も話せなかったぼくから、外向きの部分を引き出してくれたかこちゃん。
 あなたのおかげでSKiライフの後半は、いろいろと楽しく“しでかし”が出来ました。ありがとう。
 大好きだったかこちゃんと一緒に、ぼくもSKiを卒業したいと思います。
 さようなら、SKiのみんな!
【SKIノベライズ委員会】


 かよちゃんが今年SKiを卒業するということですごく残念と思いますが、いろいろと考えた末の結論と思いますので、自分が決めた道に向かって頑張ってほしいと思います。
 今年は、かよちゃんにとって高校、SKiを卒業するということで大きな意味をもつ一年だと思います。SKiの活動で学んだことを忘れずに今後とも頑張ってください。

 ところで、かよちゃんと言えば一つ印象に残っていることがあります。
 コミティビデオVol.342 「えっ!そんな事、祐かよっ」の中で、かよちゃんが(自分自身の)お姉さんから「あんたなんか生まれてこなければ良かったのに」と言われて傷ついたという話から、「私、自分の子供には絶対そんなこと言わない!!」と朋ちゃんや祐ちゃんに話していたところです。
 私はそのシーンを見て、“かよちゃんは、他人に傷つくような言葉は決して言わない心のやさしい女の子なんだ”と思い、以来気になるメンバーの一人になりました。
 最後に、もうステージでは、ほとんど会えないかもしれないけど、いつまでも心のやさしい女の子でいてください。いままで本当にありがとうございました。

【大阪府/森山英樹】


 3年前、数多く紹介されたものの、残ったわずかの四期生の中で嘉代子ちゃんは実に地味な存在に感じました。
 そして、当時はまだ三期生がたくさんいたこともあってか、四期生は今ひとつ育ててもらえなかった、そんな気がしてなりません。気がついたら、必然的により重要なポジションにいなくてはならなかった。
 やがて、嘉代子ちゃんも「あなた」という曲をもらってよく歌うようになりました。その時点でも相変わらず地味だったけど、発言はけっこう個性的だったり、「かこちゃんの雰囲気」というものがしっかり認識されてきていました。
 吉田未来に何と言われようと「こんな娘もいる」。あなたはあなたらしく生きていけると思います。 SKiの活動を通して、自分に自信が持てるようになりましたか?それだけでも、3年間続けた価値があるというものです。
 辛くなったら思い出してください。
 レッスンの時のことを、そして一緒に活動してきたメンバーのことを。

【編集委員■ゆめのしずく】



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