◇ 連載コラム ◇
知恵之輪士のSKiを読む! フルートを吹く少女


 【第21回】 芸術の力

 皆さんは“箱庭療法”というものをご存じだろうか。
 箱の中に砂を敷き詰めた物に、ミニチュアの家や人形などを並べ箱庭を作るという心理療法である。
 カウンセリングの技法の一つで、元々は子供用に考案されたものだが、現在では大人にも有効なことが分かっている。
 箱は大体座布団よりも一回りないし二周り大きいくらいで、内側は水色に塗られている。砂を掘って底を出せば、水色の底で海や池を表現出来、逆に砂を盛れば、山や砂丘を作れるようになっている。そこに気に入った家や人形を自由に並べて箱庭を作ってもらう。
 では、箱庭を作らせて、その後どんな治療をするのかと言うと、何もしないのだ。ただ作るだけ、作ることそのものが治療になっているのだ。
 実際には作ってもらった箱庭の写真を見てもらえれば一発で分かるのだが、症状が良くなっていくにつれて、箱庭の内容も変わってくる。
 ある少年の例を挙げれば、その少年は人とあまり喋ることのない無口な少年だった。彼が初めて作った箱庭は、ポツンと家が一軒置かれ、隣に木が一本あるだけだった。次の回では家の横の木が三本になり、やがて動物や人形が置かれるようになると、少しずつ話すようになったという。
 しかしそうなると、なぜ箱庭を作ると症状が良くなるのかという疑問が起こる。いったいどんな箱庭を作らせれば、効果的に治療できるのだろうか。答えは何でも良い。作りたいものを好きなように自由に作らせればよい。先にも言ったように、この箱庭療法では“作る”という行為そのものが治療になっているからだ。
 ある対人恐怖症の青年が作った箱庭は動物園を模したもので、柵で仕切られた箱庭の中に動物たちがそれぞれ入れられ、人間がそれらを柵の外から見物している。その後、何度か箱庭を作った後にまた動物園を作ろうと考えたが、途中で気が変わり「動物たちの運動会」にしようと柵をすべて取り払ってしまった。
 これを見れば、対人恐怖症の彼が他人に興味を持ち始めているのは明らかで、自分を動物から守っていた柵はいらなくなり、動物たちとの交流を求める方向に意識が変化しつつあるのがよく分かる。
 箱庭の場合、絵を描くよりも簡単に手直しが出来るので、ああでもない、こうでもないとやっているうちに自分でも思いがけない物が出来ることがよくある。何か自分のイメージと違う、何となくしっくりこない、と、あれこれやっているうちに、突然名案が頭の中に閃き、あとはパズルをはめていくようにミニチュアが自分の居場所におさまっていく。そのとき、今までひっかかっていた何かに、自分なりの解決を見いだしている。
山中湖の撮影会
撮影/ブルーウェイブ_

 先の対人恐怖症の青年の場合、なぜ柵を取り払ったか聞いてみると「柵の中の動物は、狭くておとなしくしていなければならないけと、もっと自由に動き回れた方がずっと楽しいと思ったから」と言っている。
 しかしそれはそっくりそのまま、今まで自分の部屋に引きこもりがちな自分のことをいっているのである。
 こうした箱庭を見ていると、本人が良くできたと思う物には不思議な説得力がある。何か心に響いてくる力強さがある。それは、それ自体がクライエントの心から生みだされたものだからに他ならない。
 自らの力で何かを生み出そうとする力が、生命力を呼び覚まし、癒しにつながるのである。
 私は、それが最も本質的な芸術なのだと思っている。
 もっとも箱庭療法においては、あまり芸術性を追求してかっこいい作品、きれいな作品に仕上げようとすると、逆に治療効果が得られないのだが。
 思うままに、心に浮かんだものを作るという行為なのだが、結果的にそれはまぎれもない芸術的創作活動なのである。 そして心理療法の現場において力を発揮している“癒しの力”とは、芸術的創造力と根元的に同じなのである。

 昭和の高度成長期は、戦後の復興と技術革新によって、とにかく物をガンガン作れば良かった時代だった。
 しかし、平成の現在に至っては産業は頭打ちとなり、価値観も大きく変化しつつある。
 リストラで解雇されたサラリーマンが生き甲斐を失ってしまったり、また、少年犯罪の凶悪化や、学級崩壊、不登校といったさまざまな心の問題が浮き彫りになり、カウンセリングへの感心も高まっている。
 その一方では、インターネットの普及によってホームページを開設したり、チャットへの書き込みをしたりと、ささやかな創作活動を誰もが行えるようになりつつある。
 昭和から平成への大きな流れとして、物を“造る”時代から、“創る”時代へ移り変わりつつある。

 SKi は、ちょうどその過渡期にあったと思う。
 レコード会社や、その他メディアが企業化していた中で、自らの独自性を打ち出してまともに創作活動をやっていた。
 おかげでおニャン子にははまらなかったが、SKi にはすっかりはまってしまった。

 これからは芸術に対する認識は、微妙に変わっていくだろう。
 箱庭療法に、単純なままごと遊びのようなことでも、情緒的に大きな影響力を発揮しているとなると、歌を歌う、絵を描くと言ったことも、単純な趣味ではなく精神的活動として理解されなければならない。

【群馬県/知恵之輪士】


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