Graduation 2005_ | _吉田 梢 kozue Yoshida_ |
《こづとの5年間》
2000年1月《新年のごあいさつ》
撮影/ゆめのしずく_
梢ちゃんが卒業することはこづXが出来なくなることだと、かの有名な物理学者アインシュタインのいとこの音楽学者アルフレッド・アインシュタインは言った(嘘)。
卒業おめでとう。自ら決断したその勇気を讃えよう。
さて、自分が見た範囲でのこづの5年間を振り返ってみよう。
自分が初めてSKiのコンサートに行ったのは2000年2月の渋谷公会堂で行われた卒業式公演だった(そうなんだよ。実はキャリアがないんだよねえ)。でもって、それは実はこづが学業で休んでいた復帰公演でもあったのだった。
うーん、何か因縁有り?
その頃はまだFCに入ってなかったので、会場で買ったビデオでしかメンバーのことを知る機会ってなかったんだけど(思えば結構シュールなビデオが多かったよな。って今もそうか(笑))。ちょうど6期生が初めてビデオに出るような感じで、SKiのファンとしてのスタートを切った自分としてもなんか親近感が沸いたんだよね。
で、5月公演のきよみんとのどんぐり。いやあ、あれはかなり受けたね。自分的に。
メンバーが幼稚園生の格好をするってのにも衝撃を覚えたけど、さらに上回るシュールな衣裳。いやあ、最高。この公演がFCに入会する決定打となったね。ま、この頃一推しって概念は自分には無かったんだけどさあ。
この後、特に何もないんだな。で、時間は過ぎて2001年8月、「MUSICAL戦慄のアイーダ」公演、こづのやった大祭司役はとても格好良かった。奇しくもこの公演で歌われた「戦慄の愛」が新しいアルバムに入っているけど(ちょっと宣伝(笑))。
あ、自分をSKiに引き入れて、去っていった友人はこの時の伶奈国王の「おまえ達」のセリフに酔いしれていたよ(笑)。
9月、サブリーダーに就任。突然言われたらしく、ステージ上でビックリしてるこづ。
この頃から、こづの真面目な人生は始まったのだなあ(しみじみ)。橋本美香4期政権の支えとなった。この時の感想は「リーダーにさせても良かったんじゃないか」だ。ま、苦渋の選択なので、いろいろ有ったんだろう。
次の年(2002年)の1月、「清水次郎長物語」、この時の石松、これはこづにピッタシだったね。一本調子な所が。この時の感想「こづの石松なかなか堂に入っている。石松の気の良いアホさが良く出てた」(記録って便利だなあ(笑))。
その後、月蝕歌劇団の芝居「女神ワルキューレ海底行」に、伶奈・妃奈子・久美子とともに出演。月蝕歌劇団は初めて見に行った(いや長崎萠がいるということで知ってはいたんだけど)。何の役だったっけ?なんかイモを食べている伶奈さんと「ちょーだい」の妃奈子ちゃん、「あめ玉」を持ってくる白衣の久美子ちゃんの印象しかないや(ひど)。
5月、4人1組に。誰かさんに全員推しですねとか言われる始末。
6月、DOORSの公演で、入場時握手。そばで「牙属性だとか」「ツーテールがかわいい」とか言ってたら聞き耳を立ててる(笑)。
7月、水上ツアー、手紙を出したことを告げると、名前を聞かれて、教える。
普通こっちが名乗らなければわからないよなあ(笑)。で、来た手紙が「これでやっと○○さんの顔と名前が一致しましたよぉ〜〜〜っ」って、ぐはぁあ(笑)。
7月公演で、自分の作詞曲「もう一度ふたりで…」を初めて歌う(CDになるまで長かったね)。
8月、「時代はサーカスの象にのって」。美香さん、文香、りりかっち、久美子ちゃんと出演。こづ何の役だっけ?「愛、夢、希望、みんなあなたにあげます」は場にそぐわなかったけど、良いセリフだねえ。♪「だから私に手紙を書いて」
9月、バースデーパーティイベント。初めて参加。こづのマンガ好きがわかって良かった。「花より男子」「恋愛カタログ」は当時自分も読んでたからねえ。
生誕10年祭。ついにリーダー就任。でもって美香さん会長に。院政開始。この時の感想「最初は問題児だった(笑)、こづもとうとうリーダーになるまで成長したか。」
でまた時は飛んで、次の年(2003年)。
2月公演。この年は卒業生がいなかったので、カウントダウンのみ。
4人1組から抜けてしまって残念。
3月、高校卒業。大学進学が決定。永遠の女子高生こづ。
お花見、この時うちらの班ではメンバーにコップに名前書いてもらったんだよな。嬉々として書いていくこづ。よく知ってるなあ。残念ながら自分は一番最初に来たまっちぃに書かれてしまった。
8月、山中湖ツアー。テニスをやった時、こづの打ったボールが飛んで来て、真冬の頭に当たったとか当たらなかったとか(笑)。
二日目の撮影会。里奈ちゃんと一緒だったけど、二人とも猫目で可愛かった。
9月、19歳のバースデーパーティイベント。こづは読書家である。重松清に赤川次郎。いつもカバンに本を何冊か入れてるそうだ。
生誕11年祭。伶奈さんに禅譲してリーダー任期は一年で終わり。お疲れ様。
2004年
2月、熱海ツアー。こづがゆうこりんのファンであることが発覚。アイドル好きだったんだね。なんだ仲間じゃん。
3月、寿隊公演。こづ、寿隊中隊長に。そういえばコンサートの合間に行ったカレー屋が美味しかったなあ、関係ないけど(笑)。
5月公演、こづのやった高橋由美子は良かった。さすが好きだったことはあるね。
7月、山中湖ツアー。テキヤでは4回もこづを引く。運命感じるね。でも夕食タイムでEau Du Ciel(天の水(笑))。一番心配してくれたこづ。優しいね。ありがとう。
8月、関西イベント。京都ではこづX炸裂。楽しかったねえ。
9月、20歳のバースデーパーティイベント。二十歳かあ、年を取るわけだよな。
成人式に着ていく振袖はもう作ってあるようだ。でも永遠の女子高生だよ。
11月、「04 SKiのファン感謝デー」公演。こづの髪型が…。
最初のツーポラはこづにしたよ。
というわけで、こづの卒業がインフォメーションでわかったわけだけど、ほんと最近こづはめっきり可愛くなった。やはりうちに何かを秘めてる人は輝いて見える。これから大学生活、就職活動と忙しくなっていくだろうけど、こづらしさを忘れずにがんばって一つずつ乗り越えて行ってほしい。そしてSKi公演にたまには遊びに来て欲しい。いや、客として一緒にコールしようじゃないか(笑)。
待ってるよ。
【東京都/ぜろ】
2005年1月《新年のごあいさつ》_
撮影/ゆめのしずく_
梢ちゃんの卒業は意外でした。年齢的にはいつ卒業してもおかしくないけど、「A派」云々とか張り切ってたので、まだ続けるものだとばかり思っていました。
キャリアや年齢を考えれば、いいタイミングだと思います。リーダーも経験したし、このSKiという場でやれることは全てやったのではないでしょうか。ステージ上、小さな体で一生懸命頑張っている姿が印象に残っています。まだやり残したこと、やったけど達成できなかったことはあるかもしれない。でも、そこまで追求してたらキリがない。引き際の見極めも大切です。力を出し切れないまま卒業していく、または辞めていくメンバーも多い中、梢ちゃんは「完全燃焼に近い形でSKi生活にピリオドを打つことができる」、これはとても幸せなことだと思います。
梢ちゃんにとってSKiでの経験が将来の糧になること、そして、「いい思い出」として梢ちゃんの中に残ることを願っています。今までありがとう。お疲れさまでした。
【元ORANGE IDOL レア島】
2004年9月《浴衣DE撮影会》_
晴海・臨港広場にて_
撮影/ゆめのしずく_
梢ちゃんは、涼やかな子だったと思う。
例えて言うならば、夏の暑い日差しの中で味わうよく冷えた麦茶かラムネのような、ほっとさせる清涼感を感じさせる。そんな女の子。
また、梢ちゃんには、あけすけな雰囲気があった。
SKiに入会した当初から、まるで学校で着ている制服そのままで、すっと私たちの前に現れてくれたような、飾らないというか、作っていないイメージ・・・。
その印象は、プライベートでは制服を着なくなった(なんちゃって女子高生をやってるってのとは別ですよ(笑))今もなお、変わっていない。
そして、SKiに対して「安らぎ」を求める客層が、彼女のそんな部分に惚れ込んだ。
「こづじゃなければ」と、オンリーワンという形で、一推しにしているファンさんの割合が、彼女に対しては特に多い気がする。
「6年かぁ」。
P会報に掲載された、吉田梢からの卒業にあたってのメッセージを読んで、私が真っ先に思ったことである。
正直、こんなに長いつきあいとなっていたとは、こいつを読むまで思いもよらなかった。彼女の存在というのは、それほどまでにSKiの存在と一体となっていたと言えるだろう。
中学生から大学生まで。十代後半という多感な時期を、SKiと共に歩いてきた梢ちゃん。
そんな彼女が今、SKiを離れ、自分の足で新しい道を歩みだしていく。
どのような道を歩んでいくかは私には分かりませんが、このことによって梢ちゃんが、真の意味での魅力的な女性となってくれること。それを私は願っています。
梢ちゃん、長い間本当にありがとう。そして・・、いい女になれよ。
【編集委員◆やまのむぎふみ】
時のアルペジオ
2004年1月《新年のごあいさつ》_
撮影/ゆめのしずく_
まっすぐに見つめる瞳
その先には まぎれもない自分がいた
想い出の中にたたずむ美少女
幻想は 得てして現実を凌駕してしまう
この少女はどうだろうか
やわらかな陽ざしのように
いつも 私の心に美しい響きを奏でてくれた
きらめきは 想い出に変わろうとしている
あなたは希望という名のアーチに向かい
私は再び 夢の中へと戻っていく
瞳が曇ることのないように
少女の心は そのまなざしの中にあり続けるだろう
いま 自らの思いで響かせてみたい
信じること それは永遠に続く旅路
響きの水は とめどなく流れていく
【編集委員◆ゆめのしずく】
《心のステージにはずっと… 〜吉田 梢〜》
SKi 6代目リーダーだった吉田梢ちゃんが、とうとうグループを去ることになってしまった。この6年もの間、会おうと思えばいつでも会えたような彼女が4月からいなくなってしまうというのは全く実感がわかない。
思えば6期生として入ってきた梢ちゃんは、最初の頃はそれほど目立った存在ではなかった。定着したメンバーの多かった5期生と7期生にはさまれて、ただ1人の6期生だった彼女には、それなりの苦労も多かったに違いない。ただ、最近のSKiは、以前ほど入会時期による壁がなくなったようなので、その点では初期のメンバーに比べれば幸運だったのではないかと思う。
入った頃の梢ちゃんは、ツーテールの髪型と八重歯が可愛い女の子だった。派手さはないけど不思議な存在感があって、バックで踊っていても気になる存在だった。特に『うさぎさんの恋物語』の振り付けが可愛かったのを昨日のように思い出してしまう。
そんな彼女も今は20歳の大学2年生。20歳というのは1つの節目だから、彼女なりに考えるところがあったのだろう。将来やりたいことが見つかったというのだから、さみしい気持ちもあるけど、喜んであげるべきなのだろう。
2003年6月《SKiの修学旅行?もどき!》_
大磯ロングビーチにて_
撮影/ゆめのしずく_
SKiのよいところは、卒業したメンバーでも気軽に遊びに来られる雰囲気があるところだ。ファンもみんな歓迎してくれる。梢ちゃんも、落ち着いたらまた遊びに来てほしい。そして、いつかは今秘密にしている“やりたいこと”を教えてほしい。もっとも、その時にはもう実現しているかも知れないけど。
こまばエミナースにもLRにも、梢ちゃんの汗と涙と思い出がいっぱいつまっているよね。だから、実際のステージには立っていなくても、梢ちゃんはファンの心のステージにはこれからもずっと立ち続けているだろう。6年間も一緒にいたのだから、思い出が消えてしまうわけがない。梢ちゃんもファンのそんな気持ちを忘れずに、これからの人生を悔いなく歩いていってほしいと思う。
どの卒業生の時もそうだけど、私は「さようなら」という言葉は使わないことにしている。だから梢ちゃんにもこう言いたい。
「6年間本当にありがとう、そしてまた会う日まで」。
【編集委員◆本間 寛】
● 表紙のあのコ ●
制服向上委員会:六期生 吉田 梢 (よしだ・こづえ)
◎生年月日:1984(昭和59)年 9月16日 ◎血液型:O型
◎12星座:おとめ座,13星座:新しし座 ◎動物占い:パープルのクロヒョウ
◎家電占い:掃除機 ◎楽器占い:シンセ ◎日用品占い:おたま
《新年のごあいさつ》 2005年1月8日、LRにて 撮影/ゆめのしずく
梢ちゃんがいなくなるのはちょっと寂しいけど、
これからもKS3は、制服向上委員会を見守っていきます。
巣立っていく君に幸多かれ!
2005年2月20日 KS3編集部一同